クロコスミアの追憶
1
「おーい、ねえ、聞こえてる?おーい......うおっ!? 起きた!」
暗闇に燃え上がる火。松明だろうか。目の前には子供の顔。そしてなにより———うるさい。
「あっ、ちょっと、そんな冷たい目で見ないでよ。ボクは君のこと助けてあげようとしてるってのに」
「......私を?」
「そう。理不尽な理由で投獄された君を、ね」
「とう、ごく?」
私は今、本当に投獄されているのだろうか。確かに薄暗く、よさげな場所とは言い難い。けれども、だとしたら何故目の前のこの人はここに辿り着けたのだろう。そもそもどうして私は投獄されたのだろう。
―――それ以前に、私って、何?
「どうしたの?ボーっとしちゃて」
「......わからない、何もわからないの。ここがどこなのか、私は、何なのか」
「あちゃ、全部忘れちゃってる?......まあ仕方ないか。ここの拷問班すごいもんねぇ」
呑気だ。ものすごく。
「ところであなたは」
「ストップ。ボクも本当は自己紹介とかしたいんだけど―――
―――うちの軍は優秀でね、もう嗅ぎつけちゃったみたい。まずは逃げなきゃね」
「......私、逃げるつもりなかっ」
「別に君のためじゃないからね?ボクが君に用があるの。だから、ついてきて」
「......わかった。でもここ、逃げ道とかないんじゃ―――」
「まさか君、ボクがここまでまっすぐ通ってきたとでも?国軍の牢だ、隠しルートの一つや二つあるに決まってる」
「......そう」
「だからほら、ボクについてきて!」
そうやって私に手を差し伸べてきた彼は、自信に満ち溢れていて、とても楽しそうで、彼のことは何一つわからないけど、ついていってもいいかななんて。
気づけば、私は彼の手をとっていた。
~~~~
どれくらい走っただろう。あれから、彼の言う『隠しルート』を通って裏口までたどり着くことができた。やっとこの薄暗くて気味の悪いところから脱出できる、そう思った。
けれど、人生そう上手くはいかないもので。扉の手前で巡回担当に見つかってしまった。
このまま街へ逃げれば街の住民からも犯罪者扱いされてしまう、そう考えた私の手を引く彼は獄中で彼らを撒こうと私に伝えてきた。それ以外に方法が思い浮かぶわけもなく、今も私たちは獄中を走り回っている。
そもそもここは獄中、言ってしまえば追手である軍の庭なのだ。そんなところで私たち一般人が逃げ切れるはずがない。
「―――ねえ、」
「っと、そろそろかなぁ」
先刻からちょくちょく人の話をきいてくれない。
「手、離さないでね」
彼はそう言ってつないだ手を痛いくらいに握る。......ん?
「ねえまって、それってどういう―――っ!?」
その瞬間、今まで踏みしめていた床が消えた感覚がした。走りすぎて足の感覚がおかしくなったのかと思った。けれど今まで以上に何も見えなくなった視界、全身で感じる風、そしていつまで待っても戻らない床を踏みしめる感覚がそれを物語っていた。
私たちは今、落ちているらしい。
......しかもかなり深い。
私、死ぬんじゃ、そう思い覚悟を決めて目を瞑ったそのとき、強い衝撃を感じた。次に感じたのは水。右も左も、上も下もわからない。水が私を埋め尽くす。落下死かと思えば今度は水死とか散々すぎる。一体どんな悪行を犯したんだ、記憶を失う前の私。
「っしょ、これでさすがに撒けたでしょ。...…......生きてる?」
「生きてる」
けど実際、何が起こったのかまだ理解できていない。できるはずもない。最低限の返事をするので精一杯だ。
「よかった!ここで死なれたら元も子もないからね」
「......ここは?」
「ん?ああ、ここは軍事用地下水路の中。あっ、きれいな水だから安心して」
そう言って彼は側の足場へと登っていく。
「あそこの道がここに通じていることは隊長とか司令官とか、そういう偉いひとしか知らないんだ。だからボクらを追ってた軍の人たちは今頃ボクらが消えたって大騒ぎしてるんじゃない?......あははっ、愉快だなぁ」
「......なんであなたはここのことを知ってたの?あなたは軍の人じゃないでしょう?」
「まあ、そうだね。いろいろあるんだ。そのことも、他のいろんな事もまた今度言うよ。今はとりあえずこの暗くて寒いところから出ない?」
「わかった」
そうして私たちは無事、脱獄に成功したのだった。