ゆずしおわさびもち

ホワイトクリスマスに花束を。

12月25日、午後18時04分。駅前商店街大通り。

キラキラと輝くイルミネーション。爆音で流れるクリスマスソング。家族、友人、恋人......私の前を行き交うさまざまな人たち。私と同じ、下校中の学生もいる。

あの日が、彼が消えた日が脳裏にちらついて仕方ない。

「あれからもう10年、か」

今でも鮮明に覚えている。彼の笑顔。彼の涙。鳴り響いたクラクションの音。傍観者の甲高い声。彼の横に転がる誕生日用に包装された袋。いくら拭っても溢れ出る赤

いつの間にか雪が舞っていた。ホワイトクリスマスだとか騒ぐ人間が鬱陶しい。私にとって雪は、クリスマスは、呪いなんだ。

もう、今日は帰ろう。これ以上ここに居てもあの日を思い出して苦しいだけだから。

帰り道を早足で歩いていた、その時だった。

「―――――っ!?」

今、確かに見えた。彼が、居るはずのない彼の姿が。

「......うそ、でしょ......?」

そんな虚構みたいなことが起こるわけない、そう思いつつも、心のどこかで10年間ずっと信じていた。彼はまだ、生きているって―――――!

彼は公園へと繋がる道へ入っていったはずだ。私と彼がいつも遊んでいた、あの公園へ。

神様。どうか、どうか。

こんなにも人のいる中を走る自分は、どれだけ馬鹿なのだろう。それでも、今は彼のもとへ行きたかった。

足の遅い自分が恨めしい。走っても走っても彼は見つからない。彼はもう行ってしまったのだろうか。それとも、あの公園へ行ったのだろうか。

どのくらい走ったのだろう。一瞬のようにも、何十分にも感じられる。

10年ぶりに来た公園には、2つ、影があった。1つ目、私の影。2つ目は......。

「そう......くん......?」

10年ぶりに見た彼は、別人かと疑うほどに変わっていた。それもそうか。5歳と15歳なのだから。

「久しぶり。元気にしてた?―――――ってなんで泣いてるのさ」

「泣いて...ないし......。ていうか、元気にしてた?って、あんたこそ、どうして、」

「どうして、か。神様が願いを叶えてくれたんだ」

「か、神様って......」

「ずっと願ってた。元通りの生活がしたい。まりなと遊びたい、ずっと一緒に居たいって」

「......っ」

「それにさぁ、10年前、約束したでしょ?僕とまりなは”けっこん”するんだって」

「それは......そうだけど」

「でしょ?だったら僕が迎えに行かなきゃなって」

「何それ......ばかみたい」

「え~そうかなぁ?」

そう言って彼は笑ってみせた。

「......まりなはこの10年、どうだった?」

どうだった...か。ずっと、ずっと、あんたのこと―――――。

「すきだよ」

気づけば私はそう口にしていた。10年間、いや、出会ったときからずっと秘めていたこの想いだけは口にしない。そう決めていたはずなのに。ほら、彼だって呆然としているじゃない。

「............そっ、か。......ねえ、まりな」

「......なに」

「あと3年、待っててよ」

「どういうこと...?」

「ん~?こーゆーこと」

刹那、口元へ落ちた柔らかな感触。あまくて、あたたかい。

そのぬくもりはほんの一瞬だった。気がつけば、横にいたはずの彼は私の前にいた。

「もう離さないから、まりなの前から消えたりなんてしないから。ずっと一緒に居てください」

「ばか」

その瞬間、2つの小さな影が1つに重なった。



水瀬麻莉奈―――――12月25日 ヤドリギ【私にキスして】

ぼっちの私に訪れたのは

突然ですが、私、文月莉は校内一といってもいいほどの陰キャなんです。昨年まで昼休みや放課後はいつも一緒に過ごす幼なじみがいたんですけどね。その幼なじみに彼氏ができてからはあんまり邪魔したくなくて、私の方から誘いを断るようになっちゃったんです。おかげでせっかく高等部に進学したっていうのに今まで以上にぼっちになっちゃいました。

そんな私ですが、今日はクラスの、しかも1軍の人たちに一緒に夕飯を食べようと誘われたんです。行かないなんて選択肢、あるはずないですよね。もしかしたら花のJKライフが始まるかも、なんて。おいしいご飯を作ってくれる我が家の調理員さんには申し訳ないですけど。

本当は一緒にショッピングもどうかって言われていたんですけど、生憎委員会の仕事が溜まっていたので、私は夕飯だけの途中参加。たとえ途中参加だろうと思い切り楽しんでやりますよ!!

そうこうしているうちに待ち合わせをしているお店の前に到着しちゃいました。そういえば、二つ返事で来ちゃったけどここって何が食べられるお店なのかな......ふとそう思った私はスマホから顔を上げ―――

「――え......?」

―――――

お昼休み。今日こそ莉と昼食をとってやる、ひそかにそう意気込んでいたときだった。

「ねぇ、水瀬さん」

女子生徒が私に声をかけてきた。確か彼女、莉のクラスの人だよね...?ていうか、すごい美人さんだ......

「えっと...どうかした?」

「私、このお店の...えっと、ほらこれ」

そう言って彼女が私に見せてくれたのはとある飲食店の広告。それはどうやら今月限定のサービス企画らしい。こんな子でもサービスとか値引きとか気にするものなんだ。人は見かけによらないって言うけどさ。

「はぁ、」

「でもこれ、一人どころか二人でも大変そうじゃない?」

「まぁ確かに。でも私、そういった類のものあんまり得意じゃないからお手伝いはできないと思うよ...?」

「あぁ、そうじゃないの。水瀬さんって顔が広いから誰かこういうの得意な人知らないかな~って。知らなかったら別にいいんだよ!突然の話だし」

あぁ、そういうこと。でもなぁ...…私の知ってる人でそんな......

「あ、」

いた。15年間一緒にいたあの子。最近はなんだか避けられちゃってるあの子。

―――――

いつの間にやら私は席についていました。どうやら注文も終わった後みたいです。あれからのことをほんとに何も覚えてない...さすがにやばいかも。私の目には、申し訳なさそうな顔をしながら息をのんで私を見つめるクラスメートのみんなと、タイマーを持った店員さん。そして尋常じゃないほどに盛られた、もくもくと湯気をあげるラーメン。そう、ラーメン、ラーメンなんです。

私はどうしてこんなにも山盛りのラーメンを?他のみんなは食べないのだろうか?どうして私だけにラーメンが?

いろいろと思うところはありましたが、話を聞く限りどうやら私のラーメンに私たちの出費がかかっている模様。

みんなにそんな目で見つめられたら、食べるしかないですよね。陰キャは断れないんですよ。

――――――

「莉、今頃食べてるのかなぁ、あのラーメン」

昔からずっと変わらない、彼女の大好物。そのひとつにラーメンがある。しかもものすごく大食いだし。どうしてあんなに食べてあんなに瘦せてるんだろ。

なんだか莉があのラーメン食べてるとこ想像したら笑えてきちゃうな。

なんて、莉のことを考えてたら丁度電話がかかってきた。

「ま、まりなぁっ!!!!」

「どうしたの~、莉。ラーメンおいしかった?」

数か月ぶりに話す大好きな幼なじみに、私はそう返したのだった。



文月莉―――――6月27日 ローダンセ【変わらぬ思い】